瀬尾久仁&加藤真一郎ピアノデュオ 公式サイト

平成21年度(第64回)文化庁芸術祭参加公演
瀬尾久仁&加藤真一郎ピアノデュオ・リサイタル2009

2009年10月29日(木)19時開演
東京オペラシティ リサイタルホール

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ドヴォルジャーク:スラブ舞曲集 作品72より 第1、2、7番
リスト:悲愴協奏曲 
安良岡 章夫:デカルコマニー~2台のピアノと2人の打楽器奏者のための
(2009瀬尾久仁&加藤真一郎ピアノデュオ委嘱作品)世界初演
バルトーク:2台のピアノと打楽器のためのソナタ

[共演] 安江 佐和子、藤本 隆文(打楽器)
[主催] 瀬尾久仁&加藤真一郎ピアノデュオ

●ごあいさつ●

本日は「瀬尾久仁&加藤真一郎ピアノデュオ・リサイタル2009」へお越しいただき、ありがとうございます。3回目となる今回のリサイタルは私たちにとって少し特別なものです。というのは、今年8月に4年半のピアノデュオ留学を終え、今回が帰国後初めてのリサイタルとなるからです。
 ドイツでの幸運に恵まれた留学生活においては、たくさんの方々のご好意のもと、かえがたい経験を積むことができました。特に最後の一年間は、文化庁の研修員としてピアノデュオの大家であるアルフォンス・コンタルスキー先生のもとでこれ以上なく集中的にピアノデュオを学び、思い残すことのない4年半だったといえます。同時に、外国人としてヨーロッパで暮らすということは、西洋の音楽に携わる日本人として、たくさんのことを考えさせられる時間でもありました。今回、東ヨーロッパ出身の作曲家たちをテーマとしてとりあげたのは、それぞれの作品の素晴らしさはもちろんですが、彼らがドイツ文化の強い支配下で、自らとその民族固有の文化を再び見いだし、そこから自分自身の音楽を確立したことへの尊敬と共感があるからです。
 今回のリサイタルのために書き下ろしていただいた、私たちの師でもある安良岡章夫先生の作品のなかに日本のよさを見つけることができたのは、大変な喜びでした。今回は指揮までお願いすることとなり、恐縮しつつ、感謝しております。そして何より、共演いただく2人の素晴らしい打楽器奏者、安江佐和子さんと藤本隆文さんに深く感謝いたします。
 これからも、ピアノデュオ音楽の魅力を伝えるために活動してまいります。ご支援のほど、よろしくお願いいたします。

 瀬尾久仁 & 加藤真一郎

●プログラムノート●

アントニン・ドヴォルジャーク:
スラブ舞曲集第2集 作品72より 第1、2、7番
プラハ近郊に生まれたチェコの作曲家、アントニン・ドヴォルジャーク(1841-1904)。地道に活動していた彼を一躍世界的に有名にしたのは、出版人ジムロックの「ボヘミア風の舞曲集を」という依頼から生まれた連弾曲<スラブ舞曲集第1集 作品46>(1878)の成功だった。その8年後に書かれた<スラブ舞曲集第2集 作品72>(1886)において、ドヴォルジャークはチェコだけでなく様々なスラブ民族の舞曲を集め、まさに「スラブ舞曲」の名にふさわしい曲集となった。
本日は、作曲家自身による公開初演の際に取り上げられた3曲、第1番(スロヴァキアの男性の踊り「オゼメク」)、最も有名な第2番(ポーランドの「マズルカ」)、第7番(セルビアの輪舞「コロ」)を演奏する。

ちなみに、ドヴォルジャークを出版人ジムロックに紹介したのは同じく連弾曲<ハンガリー舞曲集>で成功したブラームスであった。ブラームスは「ドヴォルジャークのゴミ箱の中の楽想から1つの交響曲ができる」とその創作力を称えたが、本日演奏する第2番のバス進行はその1年前に書かれたブラームスの<交響曲第4番>(1885)終楽章のパッサカリアのテーマそのものであり、ドヴォルジャークの卓越した能力―周りの全てを吸収し、自分のものとして再創造する―をここにも見ることができよう。

フランツ・リスト:悲愴協奏曲
19世紀を代表するピアニスト・作曲家、フランツ・リスト(1811-1886)は1849年から翌年にかけてパリ音楽院のピアノコンクールのために20分ほどのピアノソロ曲<演奏会用大独奏曲>を書いた。試験用ということもありリストが様々なピアノ技巧を詰め込んだ結果、コンクールでは使用不可能な難しすぎる作品になってしまった。この曲を捧げられたピアニスト、アードルフ・ヘンゼルトすら「この曲は弾けない。演奏の限界を超えている」と言い、結局この曲を最初に弾いたのはリストの弟子で不世出のピアニスト、カール・タウジヒであったと作曲家自身が述べている。
その後、リストは1856年に<演奏会用大独奏曲>の2台ピアノ版を書き、新たに<悲愴協奏曲>とタイトルをつけた。ようやく人の弾ける作品となったわけだが、ソロ曲当時の超絶技巧はさらに拡大され、また彼の代表作<ピアノ・ソナタ>との共通性(単一楽章の中に複楽章のソナタが含まれる)など、大変野心的な作品である。気宇壮大な音楽は「リストならでは」のものであり、彼が好んで用いた題材「マゼッパ」のユゴーによる詩「彼はついに倒れ、‥立ち上がって王となる!」を連想させる。

ハンガリー生まれの作曲家リストについて、ハンガリー人のバルトーク・ベーラ(ハンガリー人の名前は日本と同じ「姓・名」の順)はこう述べている。「リストは、激しく対立しほとんど融合しがたい極めて多様な要素の影響に身を捧げたのです。‥私たちは彼の作品の本質を、リストが初めて表明した新しい理念と未来への大胆な進出に見出さなければなりません。それらのことによって彼は作曲家として巨匠の列に昇格させられるのですし、私たちは彼の作品をあるがままに、その弱点も含めて愛するのです。」

バルトーク・ベーラ:2台のピアノと打楽器のためのソナタ
バルトーク・ベーラ(1881-1945)はリストの弟子であったトマーン・イシュトヴァーンのもとでピアノを学び、現リスト音楽院のピアノ科教授も務めるなど、ピアニストとしても著名であった。後年にはピアノの弟子でもある妻ディッタとのピアノデュオ活動を盛んに行った。パウル・ザッハーの委嘱により書かれた<2台のピアノと打楽器のためのソナタ>(1937)も、作曲家夫妻のピアノデュオ、フリッツ・シーサーとフィリップ・リューリヒの打楽器により初演された。
20世紀に入り、クラシック音楽は大きな変化を遂げた。この作品の編成にも表れているように、打楽器の使用の拡大、バルトークの作品<アレグロ・バルバロ>に見られるピアノの打楽器的用法もその特徴である。また、バルトークはこの作品において「黄金分割」など、これまでの西洋音楽とは違った仕組みを用いている。しかし何といってもこの作品の最大の魅力は、自国ハンガリーの民俗音楽との出合い、その収集と研究によって開花した作曲家の個性による生き生きとした音楽で、現在でも聴衆、演奏家に人気のある作品である。
曲はソナタの冒頭楽章にふさわしい長く密度の濃い第1楽章、ハンガリーの「プスタ」の風景ともかさなる静謐で緊張感のある第2楽章、明るく民俗的な踊りに満ちた軽快な第3楽章の3つの楽章からなる。


(加藤真一郎) 


安良岡章夫:デカルコマニー

デカルコマニー(転写技法)とは、艶のある紙に絵具を塗り、上に紙を重ねて剥がした時に出来る偶然の形の効果を生かしたものである。M.エルンストの作品「風景」(岡崎市美術博物館蔵)をこの春に見る機会を得、作品への着想に繋がった。
 「点と余韻」がこの作品の根幹である。ピアノ或いは打楽器群から発せられる点とその余韻を各パートが引き継ぎ(正に転写)、次なる点へと変容される。曲の半ばではトレモロ等による持続音が聞かれるが、それらも逐次他のパートへと移行され新たな響きを生む。特長ある打楽器としては、メタル・シマントラ(ほぼ音律のある鉄管)、メラル・マラカス(通常のマラカスより鋭い音色)が挙げられる。後半にて、ピアノの内部奏法による様々なハーモニクスの変化と、メタル・シマントラによる曖昧な響きとが対置される。演奏時間約12分。
 瀬尾久仁&加藤真一郎ピアノデュオとは十数年に及ぶ付き合いである。私の最も信頼する打楽器奏者である藤本隆文氏、安江佐和子氏との共演に大いに期待したい。

安良岡章夫

○アンコール○
ルトスワフスキ:パガニーニの主題による変奏曲