瀬尾 久仁 & 加藤 真一郎 ピアノデュオ・リサイタル2012
平成24年度(第67回)文化庁芸術祭参加公演 公益社団法人日本演奏連盟/増山美知子奨励ニューアーティストシリーズ 2012年10月23日(火)19時開演 東京文化会館 小ホール
ドビュッシー:小組曲(1889)【連弾】 ドビュッシー:6つの古代のエピグラフ(1914)【連弾】 ドビュッシー:交響曲(1881)【連弾】 ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲(1894)【作曲者自編による2台ピアノ版】 小林寛明:Assemblage(2012)【連弾】 (2012瀬尾久仁&加藤真一郎ピアノデュオ委嘱作品)世界初演 ドビュッシー:白と黒で(1915)【2台ピアノ】
[主催] 瀬尾久仁&加藤真一郎ピアノデュオ [後援] 公益社団法人日本演奏連盟
Message
2012年は、クロード・ドビュッシー(1862-1918)の生誕150年にあたります。10歳でパリ高等音楽院のピアノ科に入学した彼にとって、ピアノ・ソロだけでなく、「ピアノ・デュオ」の作曲も生涯にわたって重要な位置を占めていたのです。それは、ピアノ・デュオが最小限の楽器、最小限の人数による、「魅力的なオーケストラ」だったからではないでしょうか。今回、ドビュッシーのピアノ・デュオの主要曲が一挙に紹介されるのは、またとない、得がたい機会となります。 今回取り上げられる作品のうち、十代後半に書かれた「交響曲」(1882)、人気作品「小組曲」(1889)、20世紀の幕を開けたといわれる「牧神の午後への前奏曲」(1894)の3曲は、なんとチャイコフスキーの悲愴交響曲や「くるみ割り人形」、ドヴォルザークの新世界交響曲と同じ頃の作品です。ドビュッシーがいかに時代を先取りしていたか、彼が「印象派」などではなく、いかに20世紀音楽に影響を与えた存在だったか。彼のピアノ音楽の終着点ともいえる「白と黒で」、さらには今回世界初演する現代日本の作曲家・小林寛明の新作と合わせ、ドビュッシーの真価に迫ります。
野本由紀夫(玉川大学芸術学部教授/元NHK「名曲探偵アマデウス」監修者)
プログラムノート
6回目となる今回のリサイタルでは、初めて一人の作曲家を特集することとなった。今年生誕150年を迎えたクロード・ドビュッシーは、「印象派」という看板では言い尽くせない様々な顔を持っている。今日は彼の多彩なピアノデュオ作品を紹介していきながら、ドビュッシーの肖像を描いてみたい。
小組曲 ドビュッシーの数あるピアノデュオ作品のなかで、最も親しまれているのがこの《小組曲》(1889)だろう。一般に考えるドビュッシーの美質-美しい響き、情緒、そして軽さ-が4曲の小品たちに親しみやすい形であふれている。 1、2曲目〈小舟にて〉〈行列〉はヴェルレーヌの同名の詩、3曲目〈メヌエット〉はバンヴィルの詩による歌曲「艶やかな宴」との関わりが指摘されており、音楽のみにとどまらない作曲者の関心を示している。組曲はフランスならではの〈バレエ〉で華やかに終わる。
6つの古代のエピグラフ 《6つの古代のエピグラフ》の6曲には、それぞれ美しい標題(エピグラフ)が掲げられている。順に〈夏の風の神、パンに祈るために〉〈名もなき墓のために〉〈夜が幸いであるために〉〈カスタネットを持つ踊り子のために〉〈エジプト女のために〉〈朝の雨に感謝するために〉。 これらは作曲者の友人ピエール・ルイスが古代の詩を模した「ビリティスの歌」によるもので、ドビュッシーはこの詩集から3つの歌曲(1898)、朗読上映のための付随音楽(1901)、そして第一次世界大戦が勃発した1914年、ドビュッシー自身の病も徐々に募ってゆくなかでこの連弾作品を書いた。以前の付随音楽から題材を取りながらも、晩年のドビュッシーの心のうちが反映され、また自然への温かいまなざしも感じられる親密な作品であり、前例のないその精緻な書法は、連弾作品の一つの到達点といえる。
交響曲 ドビュッシーに交響曲があるとは意外だが、作品を捧げられたフォン・メック夫人の存在がその成立を説明してくれる。チャイコフスキーのスポンサーとして知られる夫人にピアニストとして雇われたドビュッシーは、チャイコフスキーの新作交響曲(第4番)を夫人とともに連弾で触れるなかで作曲への意欲を強くしていったのだろう。ちなみにオーケストラ版は存在せず、連弾のために書かれた1つの楽章のみが残されている。 当時18歳のドビュッシーはパリ音楽院の作曲クラスに入ったばかりで、音や指の接触なども散見されるが、至る所にその個性が表れた魅力的な作品であり、また《牧神の午後への前奏曲》で結実する独特な構成―ソナタ形式・リート形式、変奏曲を含む―がこの最初期の作品で既に試みられていることも注目される。
牧神の午後への前奏曲 ドビュッシーの代表作、そして20世紀音楽の扉を開いた歴史的なこの作品が、まだブラームスやチャイコフスキーの時代であった1892~4年に作曲されたことにまず驚かされる。マラルメの象徴詩「半獣神の午後」から着想を得たこの音楽で、ワーグナーの語法を完全に自分のものとして消化し終えた作曲者は、詩のもつ隠された官能をあくまで美しく、格調高く歌い上げる。 初演の翌年に作曲家自身によって編まれた2台ピアノ版は、ただ音をオーケストラからピアノに移し替えるだけでなく、原曲にはない旋律が加えられているなど、編曲の域を超えた独自の世界を形作っている。
白と黒で 2台ピアノのための《白と黒で》(1915)は、ピアノデュオの傑作と認められている。しかし、当初《カプリス》と呼ばれたこの自由な音楽は、形式的・和声的な分析を拒絶するかのようで、聴衆にも演奏者にも謎を投げかけ続ける。 「激高して」と書かれた第1楽章は、一度は失った力を取り戻してゆく作曲者のエネルギーの噴出が感じられる。ドビュッシー作品の連弾編曲を手掛け、その年の3月に戦死したジャック・シャルロに捧げられた第2楽章は一人の兵士の視点による戦場の描写といえる。進軍ラッパ、敵であるドイツを象徴するルターのコラール、そして最後には「ラ・マルセイエーズ」がかすかな希望として聞かれる。第3楽章では純粋な音のなかで光と影が戯れる。友人ストラヴィンスキーに捧げられ、火の鳥の旋律も表れるのだが、曲頭に掲げられたエピグラフ「冬よ、お前は嫌なやつだ」にはいったいドビュッシーのどんな気持ちが込められているのだろう? (加藤真一郎)
小林寛明:Assemblage
自分はピアニストではない。しかし自分にとってのピアノとは、そのために自分が表現を託す対象というより、やはり自分が弾くもの・道具であって、自分に近すぎるが故にそれとの距離をうまく取ることができない「もの」だ。ましてやその楽器が2つあるとか、2人で弾くために曲を作る、などということは全く想像もできない事であった。どう書けばいいか、どんな事に向いている編成か、というようなことは分かっているつもりだし、編成にふさわしい状況をでっちあげ、構造化すれば書くことは可能なはずなのだが、第2ピアノ、もしくはセコンドが延々と登場しない、といった状態の書き損じが幾つもできたのは、こうした作曲以前の問題が大きかったように思う。
やっと書き始められるにあたって最初に浮かんだのは、演奏時間を2分の1に圧縮した結果、密度が2倍になったような曲のイメージだった。 そのようなイメージを実現するためには、音像を2つの楽器にスマートに振り分け可能な2台のピアノよりも、2人のピアニストが一つの楽器の中でひしめきつつ、同一の音源から音像を生じさせる連弾の方がふさわしく思えた。 曲は常に垂直(和音)・水平(旋律)両方向にゴテゴテと装飾されている。そこにごたまぜ感を出すため、相互関係が推測できないような変奏をあえて混入している。 具体的には、結果からそれに至る過程を推測する=リバース・エンジニアリングによる、元々素材変形に使った方法と異なる変形手順によるダイレクトな変奏であり、それらヒエラルキー不明な断片の集積による楽曲は、様々な素材のよせ集めによる美術作品、”Assemblage”に通じるものがあると考え、タイトルとした。 フレーズ構造の力学的到達点は常に短いスパンで炸裂し、現在地におけるそれら爆発燃焼は新しい場面の定常なテンションに読み替えられ、手当たり次第にその場を焦土と化していく。 (小林寛明)
小林寛明 プロフィール 1973年山梨県生まれ。99年桐朋学園大学研究科作曲専攻修了。これまでに作曲を遠藤雅夫、安良岡章夫の各氏に師事。第67回日本音楽コンクール作曲部門第2位、第22回日本交響楽振興財団作曲賞入選、日本交響楽振興財団奨励賞受賞、ユネスコ国際作曲家会議参加、等。2010年には10年来の活動である作曲家グループ「クロノイ・プロトイ」のメンバーとしてサントリー芸術財団による第9回佐治敬三賞を受賞、受賞対象の演奏会「クロノイ・プロトイ第5回作品展~弦楽四重奏の可能性」プログラムは新しくレコーディングされ、Soundaria RecordsよりCD発売されている。合唱、オーケストラ、吹奏楽、室内楽などのアレンジも幅広く手がけている。
○アンコール○ フォーレ:ドリー組曲より〈ドリーの庭〉
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