瀬尾久仁&加藤真一郎ピアノデュオ公式サイト

瀬尾 久仁 & 加藤 真一郎 ピアノデュオ・リサイタル2015
~連弾ソナタ250年に~

サントリー芸術財団推薦コンサート 
2015年10月26日(月)19時開演
東京文化会館小ホール



ヒンデミット (1895-1963):ソナタ (1938)
ゲッツ (1840-1876):ソナタ ト短調 op. 17 (1865/66)
権代敦彦 (1965- ):ソナタ 男・女 ~反対の一致~ ピアノ連弾のための op. 148
(2015瀬尾久仁&加藤真一郎ピアノデュオ委嘱作品)世界初演
シューベルト (1797-1828):ソナタ 変ロ長調 D617 (1818)
モーツァルト (1756-1791):ソナタ ハ長調 KV 521 (1787)

[主催] 瀬尾久仁&加藤真一郎ピアノデュオ

連弾ソナタ生誕250周年に

「ヴォルフガングがはじめての4手のソナタを作りました」・・1765年、わずか9歳のヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトが史上初の「連弾ソナタ」を作曲したことを父レオポルトの手紙は伝えているという。この瞬間から、19世紀を頂点とする連弾(ピアノ1台4手)の大流行がはじまったということもできるだろう。
それから250年のいま、日本において連弾が演奏会のメインになることは少なく、多くの素晴らしい作品が演奏されることもなく埋もれたままになっている。

ピアノデュオの魅力を伝えてきた瀬尾&加藤デュオが2015年という記念年に問う連弾リサイタル。モーツァルトにはじまり各時代に生まれてきた連弾ソナタの傑作群と、個性的な世界観で多くのファンを魅了する作曲家・権代敦彦への委嘱新作がひもとく連弾の歴史と未来を、どうぞお聴き逃しなく!

モーツァルト・シューベルト・ゲッツ・ヒンデミットの連弾ソナタをめぐって

●連弾小史
ピアノデュオのうち「2つの鍵盤楽器を2人で弾く」例は、はやくも8世紀に2台オルガンの記録があるのに対し、「1つの鍵盤楽器を2人で弾く=連弾」は、ようやく16世紀イギリスに2つの作品があらわれたのち、18世紀後半まで一人の天才の誕生を待たなくてはならなかった。ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトである。
今から250年前の1765年、ロンドンにて姉ナンネルルとともに演奏会を開く広告「2人の子どもが4手で一緒に1台のピアノを演奏します」というのが連弾の公開演奏を伝える最初の記録で、当時わずか9歳のモーツァルトにより「史上初の連弾ソナタ」が作曲されたという(しかし当該作とされる《ソナタ ハ長調 KV19d》は真作かどうか確認がとれていない)。モーツァルトの作曲・演奏活動がその後の連弾の隆盛をもたらすきっかけであったのは確かだろう。

●ソナタ
連弾ブームの中心であった「舞曲」などのキャラクターピースとともに、器楽音楽を代表する「ソナタ」も連弾のために書かれてきた。今日演奏する4曲のソナタは全て3楽章構成になっており、例外もあるが以下のような形式によっている。
第1楽章:ソナタ形式 (主要主題と副主題が調をめぐりながら提示・展開・再現される)
第2楽章:歌曲形式 (ゆったりとした歌唱的音楽)
第3楽章:ロンド形式 (繰り返される主題の間に様々な部分がはさまれる)

●パウル・ヒンデミット (1895-1963): ソナタ (1938)
20世紀ドイツの作曲家ヒンデミット。ナチスとの深刻な対立から1938年に母国を離れざるを得なくなり、亡命先のスイスでは妻との連弾を楽しみとする日々だったという。夫妻はなかでもウェーバーを愛奏し、それが後に代表作のひとつ「交響的変容」につながってゆくなど、連弾との関わりは深い。
亡命の年に書かれ、彼自身によって初演された《ソナタ》は前時代のロマン的なものを排し、倍音のもたらす効果を作曲にとりいれるなど現代的でありながら、緻密な対位法はバッハをも思わせる。とはいえ決して晦渋ではなく、なかでも変拍子(実は2/2で書かれている)が印象的な第2楽章は魅力的なスケルツォ。
また、この作品は「連弾のための最後の傑作」といわれることもある。20世紀後半「現代音楽」時代のヨーロッパでは、2台ピアノの傑作が生まれ続けたのに対して連弾作品は少ない。しかしそれは、連弾の可能性を今後に残してくれていると言い換えることもできよう。

●ヘルマン・ゲッツ (1840-1876): ソナタ ト短調 op. 17 (1865/66)
作曲家ゲッツの名は、現在ほとんど知られていないだろう。19世紀中頃に東プロイセンのケーニヒスベルク(現ロシア領カリーニングラード)で生まれ、ベルリンで音楽を学ぶ。若いころより結核を病み、その療養も兼ねてスイスのヴィンタートゥアのオルガニストとして赴任する。そこでの7歳年上のブラームスとの交友が知られているが、ゲッツは彼の規範であったモーツァルトと同じく、わずか35歳で亡くなる。非常に寡作であったが、後年のマーラーによる再評価からもわかるように質の高い作品を残した。
《ソナタ ト短調 op. 17》は作曲者25歳頃の作品。すでに病や生・死ということに向かい合っていたことを感じさせるロマン的ソナタで、彼の代表作《哀歌》の冒頭「美しいものは滅びなくてはならない(シラー)」という詩を連想させる。第1、第3楽章の劇的なバロック風序奏に彼のオルガニストとしての姿も見えるだろう。それにしても「なぜこんな素晴らしい作品がまるで演奏されないのだろう!?(コンタルスキー)」

●フランツ・シューベルト (1797-1828): ソナタ 変ロ長調 D617 (1818)
シューベルトは「歌曲王」であるとともに「連弾王」。31年の短い生涯のなかで質量ともに優れた連弾作品を生んだきっかけのひとつとして、エステルハージ家の音楽教師として赴任したことがある(1818、24年の2回)。この《ソナタ 変ロ長調 D617》も生徒であった2人の伯爵令嬢のために書かれ、先生と生徒という連弾も見られたことだろう。プリモとセコンドの手の接近・接触に令嬢の姉カロリーネへの思慕をみる向きもあるが、これは貴族と音楽家という身分の違いも連弾の前では平等であったという美しい証ではないだろうか。2人の出会いのときに書かれたこの《ソナタ》が、最晩年の最高傑作《幻想曲D940》(カロリーネに捧げられた)との関わりを持つことも、この音楽を少し悲しく、深くしてくれる。

●ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト (1756-1791): ソナタ ハ長調 KV 521 (1787)
ピアノデュオのための数々の傑作を残したモーツァルトにとって最後となる連弾のための《ソナタ ハ長調 KV521》は、彼のピアノ協奏曲を思わせる生き生きとした古典的ソナタであり、プリモとセコンドを最大限生かす創意工夫は後世の規範となりつづけている。しかし、そこにしばしば射す影をみいだすのは、この作品の完成した1787年5月29日の前日、彼にとって常に大きな存在であった父レオポルトが亡くなったこととも関係があるだろうか。  
1765年、父に連れられて訪問したロンドンで出会った大バッハの末子ヨハン・クリスティアン・バッハと即興的に連弾したと伝えられるが、この《ソナタ》の第3楽章ロンド主題は「ロンドンのバッハ」の連弾ソナタからの明らかな引用であり、そこには幼少期や父との情景もすけて見えるようだ。悲しみを抱えながらも淡々と前向きに進んでいこうとするモーツァルトの人となりを感じる・・というのはあまりにロマン的、個人的な解釈だろうか。

●おわりに
連弾は「家庭音楽」とされる。家庭での楽しみとしての音楽。しかしこれを「演奏会用音楽」より劣るもの、という意味でとらえたくない。4人の作曲家がソナタという枠のなかで多様に示しているのは、「演奏会用」という外向けの装いのない、人間そのものに近い音楽――そもそも家庭とは最も喜怒哀楽のつまったところではないだろうか?

最後になりましたが、連弾の未来をひらく21世紀の連弾ソナタを書いてくださった権代敦彦先生に心から感謝しております。

(加藤真一郎)

権代敦彦:ソナタ 男・女 ~反対の一致~ ピアノ連弾のための op. 148 (2015)

瀬尾&加藤デュオから、ピアノ連弾ソナタの注文で、はじめて書く「ソナタ」。
ソナタ(形式)とは?・・・対立-止揚-融合、これが僕の答え。
2つ以上の異質のものを一つに錬金する術。反対の一致。
曲は、この鋳型に嵌め込んだ1楽章構成で、提示(第一主題、第二主題)、展開、再現の3部分からなる。
タイトルの「男・女」は、このソナタが対立から始まる事の象徴で、
左右、白黒、天地、生死、聖俗、XY、あるいは沈黙・音楽、何でもよかったが、
瀬尾&加藤デュオの組み合わせに因み、「男・女」とした。
互いを補完する関係でもある。

(権代敦彦)

権代敦彦最近の作品

op.140(2013) ふるへ/をののき quake マンドリンオーケストラのための(リベルテ・マンドリンオーケストラ委嘱・初演)
op.141(2014) トリスケリオンTriskelion 三味線のための(本條秀慈郎委嘱・初演)
op.142(2014) ユートピア Utopia~どこにもない場所~ オーケストラのための(NHK交響楽団委嘱・初演)
op.143(2014) 時の落下 Drop of Time ヴァイオリン、コントラバスのための(Duo Together委嘱・初演)
op.144(2014) カンタータ「永遠の桜」Kantata“Amžinoji sakura” 混声合唱、弦楽オーケストラ、ピアノのための(Varpelis合唱団委嘱・初演)
op.145(2015) もはや時がない Time No Longer ウインドオーケストラのための(芸劇ウインドオーケストラ委嘱・初演)
op.146(2015) 時の暗礁 The Drift of Time ピアノのための(佐藤祐介委嘱・初演)
op.147(2015) 逆も真なり Vice/Versa オーケストラのための(オーケストラ アンサンブル金沢委嘱・初演)
op.148(2015) ソナタ「男・女」ピアノ連弾のための(瀬尾&加藤ピアノデュオ委嘱・初演)
op.149(2015) 終わりに向かって落ちる時間 Falling Time to the End オーケストラのための(フランクフルト放送交響楽団委嘱・初演)
op.150(2015) 地上の祈り pacem in terris 混声合唱のための(成蹊大学混声合唱団委嘱・初演)

○アンコール○
平吉毅州:月明かりに踊っているのはだれ